
政治、経済、紛争、格差、環境……私たちが生きるいまの時代は混沌として、ソーシャルイシューに溢れている。そんな時代のなかでメディアができることはなんだろうか。2021年10月にリニューアルした「CINRA」は、カルチャーの視点を持ちながらソーシャルイシュー(社会問題)も扱うことを決めた。
その背景に何があるのか。アート業界からソーシャルイシューを扱うWeb版「美術手帖」の編集長・橋爪勇介氏を招き、CINRA編集長・生田綾との対談を実施。メディアの姿勢や、アートとカルチャーそれぞれの軸を持ちながらソーシャルの視点を持つ意義、そして大切にしているメディアの方針などについて話し合った。
取材/執筆:宇治田エリ 撮影:北原千恵美 編集:青柳麗野(CINRA, Inc.)
―今回、アートを扱うWeb版美術手帖と、アートや音楽、映画などカルチャー全般を扱うCINRA、二つのメディアの編集長の対談となりました。まずはそれぞれのメディアが目指すことと、その背景を教えてください。
橋爪:Web版美術手帖は、「アートジャーナリズム」を目指すメディアです。もともとは『美術手帖』(美術出版社)という1948年に創刊された歴史ある雑誌がベースとなり、本来持っているジャーナリズムや批評性を盛り込みながら、Webメディアが得意とする時事的な情報発信を5年ほど前から行なっています。
じつはWeb版美術手帖には前身があり、bitechoという比較的ライトな情報をお届けするメディアがその数年前にありました。ですが、それだけでは『美術手帖』らしさは十分に伝わらない。そこで雑誌はアーティストやアート界の事象を掘り下げた特集、Webは時事性の高いニュースとそのデータベースと、それぞれが得意とするコンテンツを両輪でやっていくことで、美術全般のことをカバーしていこうとなりました。

生田:CINRAが目指すのは、「日本で最もインスパイアを与えられるメディア」です。これまで、音楽や映画、アートなどにまつわる表現者の思いを深く引き出した魅力的なコンテンツを通して、読者に喜んでもらい、その結果元気が出たり、一歩踏み出す勇気をもらえたり、人の心に何かしらの影響を与え続けてきました。
そして2021年10月のリニューアルを機に「ソーシャル×カルチャー」を打ち出しました。その理由は、時代が変化し、表現者自身も社会課題について発信する人も増えているなかで、「カルチャーメディアとしてもっとできることがあるのではないか」という意識が内部で高まっていったからだと認識しています。カルチャーを軸に置きながら、より社会と接続した発信をしていくというか……。

―昨年のCINRAの変化に、おふたりはどのような印象を受けましたか?
橋爪:Special Featureという項目を見たとき、「大きく舵を切ったな」と感じましたね。ぼくらは雑誌とWebで役割分担をしているけれど、CINRAはあえてスローに情報を発信する姿勢を持つことで、Webの世界でも重みのある、雑誌的なコンテンツに仕上げいて。短期的に消費されるものではなく、ストックされて後々ちゃんと読み返してもらうことを見越しているのだろうと思いました。

生田:私は当時、ソーシャルニュースを扱う「ハフポスト日本版」で編集者として働いていて、デジタルメディアとしていち早く始動し、カルチャー系のトピックを網羅してきたCINRAをずっと追ってきていたので、その変化をいちファンとして見て驚くとともに、共感を覚えました。
そしてリニューアルしたのちに声がかかり、CINRAに移ることに。実際に編集長として働き始めてみると、CINRAのなかでソーシャルイシューをどうキャッチアップし、コンテンツに反映していくかなど、課題は山積みで。日々考えながら運用しています。
Special Feature以外にも、リニューアルでサイト全体のデザインや記事のバランスが大きく変わりました。ライターさんとつくり上げていくインタビューやコラムなどの読み物は引き続き力を入れていますが、プレスリリースなどをベースにしたストレートなニュース記事の本数が減り、CINRA編集者の視点を加える発信を意識しています。ただ、CINRAのメディアとしてはカルチャーの最新情報を発信していくことも大切だと思っているので、バランスが難しいなとも思っています。
橋爪:Webメディアの場合、PV数を追うことは宿命の一つで、そうなると定期的に記事を出せるニュース情報枠は必要です。でも、世の中で起こっているイシューをなかったことにして、楽しいことだけを提示していても、メディアの発展性がないですからね。美術界では、3年前の『あいちトリエンナーレ2019』がそのいい例でした。ソーシャルイシューが起きたときに、アートメディアの視点からどう情報をキャッチアップし、発信をするかを問われたというか。
もちろんテレビや新聞など既存のメディアも起きている事象を追って情報発信するわけですが、そことは違う「日本のアート界やそれを取り巻く環境がもっと良くなるためには、どうすればいいのか」というアートメディアだからこその批評的な視点や問題提起の姿勢が重要だなと、あらためて感じました。

―CINRAはカルチャー、美術手帖はアートというジャンルがありますが、それぞれのジャンルとソーシャルイシューとの関係性についてどうお考えですか?
生田:文化芸術界では、特に近年は労働問題やハラスメント、ジェンダーバランスが重要なイシューになっているので、しっかり取り上げていきたいと思っています。ただ一口に文化芸術界と言っても、映画や演劇、アート業界など、それぞれに独自の課題があると思うので、全体像を伝えるだけではなく、各業界の問題をしっかり把握して伝えることが必要だと思います。CINRAはカルチャー全般を網羅しているメディアという特徴があるので、どう切り込むか絞りづらい一面はあるかもしれません。
Web版「美術手帖」の場合は、美術に特化して、学芸員の労務問題や環境問題など、さまざまなソーシャルイシューに切り込んでいらっしゃいますよね。

橋爪:もともとアートは社会と接続しているものだという考えもありましたし、Web版美術手帖は立ち上げ当初から「アートを社会実装する」と掲げていたので、アートとソーシャルイシューをちゃんと紐づけていくことができているのだと思っています。と同時に、アートから逸れないことも重要です。
例えば環境問題にアートはどう関わっていて、アート界はどう反応しているのか、ウクライナ戦争でその先にある美術館はどうなっているのか、そういうことを、ちゃんとキャッチアップして、文脈を理解したうえで届けていくということが大事になってきていますね。
生田:確かに、CINRAが扱うカルチャーも何かしらの作品や表現が伴うもので、社会とつながってる部分は必ずあると思います。
「女性描写」から紐解くMCUと『ドクター・ストレンジ/MoM』という記事のように、作品やアーティストなどの言葉から社会課題を見つけてレビューとして発信していくことも、CINRAならではの視点だと思います。

―社会課題をメディアが扱うことの難しさもあるかと思います。メディアや編集部内で決めている約束ごと、大事にしていることを教えてください。
橋爪:多くの人が読む「バズ記事」とアートジャーナリズムのための「世に出すべき記事」のバランスを大切にしています。「出すべきだ」と使命感を持ってつくった記事でも、必ずしもバズるとは限らないもの。Web版美術手帖でも、印象派に代表されるような世間でも人気のコンテンツを取り上げるほうが、やはり人気が出やすいのです。
本来であればアートジャーナリズムにもっと特化したいところですが、両者のバランスをとることで、読者の獲得とメッセージの発信の両方が叶えられるというのが現状です。

生田:そうすると、記事のアーカイブはより重要になってきますよね。CINRAでも、なにか社会的な出来事が起きたときに、ちゃんとした「記録」になるような取材記事もつくっていきたい。声を上げたり、新しい取り組みを始めるアーティストやクリエイターも出てきているなか、そうした声に寄り添い、届けていきたいとも思います。
橋爪:そうですよね。ぼくらも日本の長い美術史を振り返ったときに、その時代に何が起きていたかの「記録」としての記事はとても大切だと思っていて。だからこそ、タイミングを逃さないための速報性も必要です。我々の場合、『あいちトリエンナーレ2019』では会場に何度も足を運んでは取材を行ない、編集者自身が記事を書き、動向を伝えていました。また、今年4月に起きた「Chim↑Pom from Smappa! Group」の改名についても事の経緯をすばやく伝えました。
生田:美術全般の情報を網羅しているのに加えて、アート業界で何か起きたとき、美術手帖は必ずそのトピックをカバーしている印象があって。それが多くの読者の信頼につながっているんだろうなと思っています。
ただ、CINRAはカルチャーを軸にしているので、社会的な出来事を追うといいつつも、たとえば安倍元首相の銃撃事件があったとき、何をすべきかという判断はすごく難しかったです。編集部内でも会話があったのですが、さまざま情報が錯綜しているなかで、のっかるようにただストレートニュースとして出すのは唐突だし、違うんじゃないかという話にもなって。「情報を受け取る側の心のケア」という角度から記事を出しました。

橋爪:編集部内で意見を募ることはぼくらも大事にしています。そのイシューにできるだけ早く当たるスピード感と早急な判断、そしてメディアらしい切り口の掛け合わせが、オリジナリティーにつながっていくはず。
生田:CINRAではまだまだその風土が定着しているわけではありません。ですからフットワークの軽さも意識しつつ、メディアとしてできることをまずはみんなで考え、意見を出し合いながら発信すべき方向性を見出していきたいです。

※記事の後半では、メディアを継続させるための収益との兼ね合い、そして起こっているソーシャルイシューに対してどのように打ち返してきたか、いち記者・編集者としての使命感について聞いた。
Inspire people
to fill the world
with imagination.
人に変化を、世界に想像力を。
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