
いまからちょうど20年前の2003年2月に「CINRA.NET」が生まれました。それから月日は流れ、2021年10月にソーシャル×カルチャーという新コンセプトを掲げて「CINRA」メディアへとリニューアル。2022年4月には「ハフポスト日本版」のニュースエディターとして数多くのソーシャルイシュー(社会課題)を取材してきた生田綾を新編集長に迎え、新たな挑戦へと舵を切りました。それから約10か月、生田はカルチャーの視点を持ちつつソーシャルイシューを扱うという難題に悩みながら、新しい「CINRA」が向かうべき道を模索しています。
そんな生田と、CINRAメディアを立ち上げ、2021年まで編集長を務めた柏井万作の対談を実施。ソーシャル×カルチャーメディアの可能性や「CINRA」だからできること、また、第二章を歩み始めた現在とこれからについて語り合いました。
取材 / 執筆:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:鳥越惣太(CINRA, Inc.) 編集:青柳麗野(CINRA, Inc.)
ー生田さんは2022年4月からCINRA編集長に就任しています。それまでは「ハフポスト日本版」のニュースエディターをされていましたが、CINRA, Inc.から編集長のオファーを受けときはどのように感じましたか?
生田:最初にお話をいただいたのは、「CINRA」がリニューアルした2021年10月から2か月後くらいですね。じつは、その少し前から新しいメディアコンセプトについてはうかがっていたんです。これまでのようにカルチャーの軸は持ちつつ、ソーシャルイシュー(社会問題)を扱うメディアに生まれ変わると。とても重要な動きだと思いましたし、新しいステージに進もうとしている「CINRA」を応援したいという気持ちもありました。

―では、編集長の打診もスムーズに受け入れられたと。
生田:いえ、やはり最初は悩みましたね。正直、「なんで私に……?」と思いました。私以上の適任者がいるんじゃないかと思いましたし、それでも、こんなにありがたいお話はなかなかありません。当時はちょうど将来を見据えて新しいステージを経験しておきたいと考えていた時期でもあったので、思い切って飛び込んでみることにしました。
―柏井さんは初代編集長として、生田さんに何かアドバイスなどは授けたのでしょうか?
柏井:アドバイスなんて何もないですよ。ぼくは生田さんが編集長になる1年前からメディアを離れていましたし、いまさら首を突っ込んでも生田さんがやりづらいだろうと思うので、基本的にはあまりタッチしないようにしていました。
生田:いやいや、どんどん入ってきてアドバイスしてほしいです!
柏井:でも、お世辞抜きで生田さんはリニューアル後の「CINRA」を引っ張っていく編集長として、ぼくよりよっぽど適任だと思っていましたよ。
自分が編集長だった時代から、杉浦さん(CINRA, Inc.代表)はソーシャルのことをしっかりやっていきたいという思いは持っていて、実際にカルチャーを入口にさまざまな社会問題を知ってもらうような記事のつくり方もしていました。
そもそも、「CINRA」で取り上げるようなアーティストたちってつねにソーシャルと向き合いながら創作をしているので、作品や考え方についてインタビューをすると、自然と差別や格差などの話も出てくるんですよ。ただ、リニューアル後さらにソーシャルに踏み込んでいこうとなったときに、それをやるのは自分じゃないだろうと。やはり、ずっと社会課題を取材してきた生田さんのような人にお任せするべきなんですよね。

生田:でも、いくらソーシャルに踏み込むといっても、柏井さんがおっしゃってくださった「カルチャーを入口に社会問題を知ってもらう」という順番は変えるべきではないのかなと思います。やっぱり、それが「CINRA」の特徴だし、ソーシャルを入口にしてしまうと読者をかなり狭めてしまい、一部の人にしか届かなくなってしまうと思うんです。
「CINRA」が目指していくべきなのは、あくまでその作品やアーティストが好きな人たちに記事を読んでもらい、そこから社会や世の中について知ってもらうこと。そういうきっかけをつくっていくことだから、これからもメディアの軸はカルチャーであるべきだと考えています。
柏井:おそらく、生田さんもこの数か月、届け方という点ではかなり悩んだと思うんですよ。
生田:めちゃくちゃ悩みましたね。というか、いまも悩んでます(笑)。じつは、リニューアル直後はカルチャー起点ではなく、社会課題のほうからアプローチをしようとしていた時期もありました。例えば、リニューアルと同時に気候変動にまつわる特集ページをつくり、「気候変動×カルチャー」の視点で記事を発信したこともあります。
ーそうした試行錯誤を経て、「CINRA」ではやはりカルチャーを入口にしたほうが伝えやすいという結論に至ったのでしょうか?
生田:それが結論だとは言い切れないのですが、いまはそうですね。もちろん、テーマありきでスタートし、そこにカルチャーを絡めていくやり方もあると思うのですが、「CINRA」の場合は逆に作品やアーティストの言葉を起点にして、そのなかから社会課題を見つけていくアプローチのほうが合っているかなと。CINRAの編集者自身が好きな作品などからスタートしたほうが熱量も高いですし、より面白いものが生まれるはずですから。
それに、「CINRA」でソーシャルを入口にしてしまうと、どうしても高尚なメディアに見えてしまうというか、とっつきづらくなってしまうんですよね。「CINRA」は時事問題などを扱うニュースメディアとは違いますし、ソーシャルイシューを扱うにしても、もっと柔らかさや親しみやすさがあってもいい。すべてが社会課題関連の記事だと読者的にもお腹いっぱいになってしまいます。よりたくさんの人に届けられるように、ライトな記事や、ただ楽しいだけの記事も含めて、メディアとしてバランスをとることも大事なのかなと思います。


柏井:ソーシャルイシューって複雑で難しい問題が多いけど、難しいことを難しく語ってしまうと近寄り難いものになってしまいかねない。作家の井上ひさしの言葉で、「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」というのがあるんですけど、「CINRA」もこれを目指すべきなのかなと。
当時の会社のミッションが「幸せのきっかけを届ける」でしたので、メディアの読者にも「きっかけ」を届けることを最初期から大事にしてきました。その意味でも、カルチャーをきっかけに社会課題に関心を持ってもらうというのは、最も「CINRA」らしいやり方なのかなと思います。
―「CINRA」は2003年に「CINRA.NET」としてスタートし、2023年で20周年を迎えます。あらためて、これまでの変遷を初代編集長の柏井さんにうかがいたいのですが、そもそも最初はどのようなかたちで始まったのでしょうか?
柏井:もともとは大学生のサークル的な活動としてスタートしました。当時、ぼくや代表の杉浦さんは音楽をやっていましたし、周りには絵を描いている人や演劇をつくっている人などがいて、「CINRA.NET」はそれぞれの作品を発表する場所として始めたんです。雑誌が取り上げない、若い才能や面白い作品をとことん紹介したい気持ちがありましたね。
ただ、投稿型メディアだと有象無象の作品が集まってきて、自分たちが伝えたいカルチャーとは微妙にズレていきました。そこで、ぼくらが本当に良いと思う作品をキュレーションしたり、アーティストに取材をして思いや言葉を届けるWebメディアへとシフトしていったんです。
―学生のサークル的な活動から始まり、2006年には法人化して商業メディアとして歩み始めます。ただ、マネタイズまでにはかなりの時間がかかったとか。
柏井:法人化した当初はクライアントもいませんし、メディアとしてのマネタイズはまったくできていませんでした。そこで、当時は2人だけの編集部で必死に営業をして、広告をとっていましたね。それからは記事広告が増えていきましたが、読者からは「お金のにおいがしないメディア」と言っていただけて、少しずつメディアのファンも増えていったように思います。それでも、商業メディアとしていっぱしになったのは2013年くらい。2003年の立ち上げから数えると、10年くらいはかかってしまいました。

―ビジネスとしてモノになるかどうかわからないなかで、10年間も続けてこられた原動力は何だったと思いますか?
柏井:いちばんはやはり、自分たちが良いと信じるカルチャーを届けたいという思いですね。いくらぼくらがそのアーティストを最高だと思っていても、彼らが20代後半になるにつれて辞めてしまったり、活動の方向性をシフトせざるをえなくなるケースをたくさん見てきました。それって、決して作品が悪かったわけではなくて、メディア側も含めた「届ける力」が足りなかったんじゃないかと。そうした悔しさも、「CINRA.NETを大きくしてアーティストたちの魅力をより多くの人に届けられるようになりたい」というモチベーションにつながっていました。
―ちなみに、生田さんは読者として、当時のCINRA.NETをどう見ていましたか?
生田:おそらく、初めて記事を読んだのは大学生の頃だったと思います。当時はCINRA.NETをちゃんと認識していたわけではありませんが、Twitterに流れてくるアーティストのインタビュー記事などをよく読んでいました。当時から音楽や映画は好きでしたし、気持ちがふさぎこんだときに作品に救われた経験もあったので、そうした素晴らしいカルチャーを届けるメディアに魅力を感じていたと思います。
柏井:生田さんと同じように、当時のCINRA.NET編集部にも自分が好きな作品に救われた経験を持つ人がたくさんいました。ぼくの場合はそれが音楽で、アーティストに恩返しをしたいという思いがあった。それもメディアをやる原動力の一つになっていましたね。やっぱり、世の中そんなに強い人ばかりではなくて、みんな迷いながら生きていると思うんですよ。そんなとき、心の拠り所になるのが音楽や映画、演劇、アートじゃないですか。
―だから、「CINRA」の記事には根底に取材対象者へのリスペクトがある。
柏井:もちろん、時には作品を批評することも大事です。ただ、そこに愛情がなければ良い批評はできないと思うし、基本的にぼくらはアーティストに寄り添う存在でありたい。もっと言うと、「CINRA」はつねに「やさしさ」を忘れないメディアでいたいんですよね。何度リニューアルをしてもそこは変わらないし、生田さんたちもしっかり引き継いでくれていると思います。

―生田さんが編集長になって9か月が経ちました。「ソーシャル×カルチャー」という新しい「CINRA」の試みは、ちゃんと読者に届いているでしょうか?
生田:正直、読者の方の感想を知る手段って記事のエゴサーチくらいしかないのですが、それを見る限りでは届き始めているように感じます。記事で伝えているソーシャルイシューに対し、自分の思いや考えを書いてくれるようなSNSの投稿なども増えてきました。
ただ、それが何かのムーブメントやコミュニティーを生み出すような動きには、いまのところつながっていません。本当はそこまでの影響力を与えられるメディアになるのが理想なのですが。
それでも、いまは一つひとつの記事を丁寧につくって、発信し続けることが大事だと思います。それを受け止めてくれる人が少しずつ増えて、ちょっとずつ社会が良い方向に向かえばいいのかなと。時間はかかりますが、一つひとつのカルチャーもじわじわと広がって、いつの間にか定着しているものだと思うので。
柏井:それには、センセーショナルな切り口の記事でバズらせるのではなく、たとえ届く範囲は限られたとしても、それを読んだ一人ひとりが新しい価値観やソーシャルイシューに気づけるような記事のつくり方をしていく必要がありますよね。
―読者に気づきを与える記事とは、具体的にどのようなものだと思いますか?
柏井:難しいですけど、オルタナティブな視点を持つというか、つねに違う選択肢を提示することは大事かなと思います。自分が編集長のときから、「CINRAって逆張りのメディアですよね」と言われることが多かったんですけど、決して逆張りじゃなくて他メディアでは取り上げないテーマに目を向けることを大事にしていただけなんですよ。
そもそも、マジョリティーとは違う選択肢を提示することは、カルチャーの役割の一つだと思います。マイノリティーの小さな声だったり、言葉にならない心の機微みたいなものを拾い上げて表現してくれるのがアーティストだし、ぼくらメディアがそれを新しい選択肢として多くの人に届けていけば、いつの間にかそこに道ができて、抱えている苦しみから抜け出せる人が出てくるかもしれないから。

―では、最後にあらためてお二人にうかがいます。柏井さんは「初代編集長として、これからのCINRAメディアに期待すること」。生田さんは「これから編集長として、CINRAをどんなメディアにしていきたいか」について、それぞれお答えいただけますか。
柏井:これからの「CINRA」に期待することですか。うーん、特にこうしてほしいというのはなくて、このまま生田さんやいまの編集部が思うように進んでもらえたらいいのかなと。いまの「CINRA」は、CINRA.NETが大切にしてきたことの延長線上にあると感じるし、そのうえでしっかりソーシャルイシューにも踏み込んだ記事づくりができていると思いますから。元編集長というよりも一人の読者として、「CINRA」の今後が本当に楽しみです。
生田:ソーシャルイシューを扱うメディアのゴールって、明確に設定できるものじゃないですよね。世の中が本当に良くなっているかどうかなんて、なかなか測れるものではないし。それでも誰かの救いになったり、必要とされるメディアであり続けることが「CINRA」の目指すべき姿なのかなと思います。
あとは、先ほど柏井さんが、最初期から「幸せのきっかけを届ける」をミッションに掲げてきたとおっしゃっていましたが、それは現在も変わりません。
いまって貧富の格差はどんどん広がっているし、なかなか未来が良くなる希望も持ちづらい世の中ですけど、心の豊かさって物質的な豊かさと比例するものじゃない。カルチャーって、どちらかというと心の豊かさをつくっていくものだし、CINRAメディアも「どんな発信をすれば幸せを届けかれるのか」という視点は持ち続けたいですね。
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