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「美術のトラちゃん」なぜ人気連載になった? パピヨン本田と担当編集者に制作ストーリーを訊く

6 July 2023

メディアCINRAで連載中の漫画「美術のトラちゃん」は、難しいイメージのある「現代美術」をキュートなトラの親子を主人公にしながら解説していく人気企画です。

連載スタートからもうすぐ2年。隔週で公開される最新回を多くのファンが楽しみにしています。50話ほどにもおよぶ長寿コンテンツはどのように誕生し、続けられてきたのでしょうか。9月19日に本連載をまとめた書籍が発売されるこのタイミングで、作者のパピヨン本田氏とCINRA担当編集者の服部桃子による対談を実施しました。

「美術のトラちゃん」のストーリーやキャラクターづくり、連載で決めていることといったパピヨンさんのこだわりから、担当編集者とのコミュニケーションまでいろいろとお話しいただきました。また、漫画を活かしたタイアップコンテンツをいくつも手がけてきた服部に、制作するときのコツをうかがいます。

取材・執筆:山越栞 撮影:西田香織 編集:青柳麗野(CINRA, Inc.)

現代美術への難しいイメージを和らげる「トラの親子」が生まれるまで 

――さっそくですが、CINRAで人気連載漫画となっている「美術のトラちゃん」は、どのように生まれたのでしょうか?

服部:もともとは2年ほど前にパピヨンさんがTwitterにアップしていた「美術のビジュえもん」がバズっているのを見つけたことがきっかけでした。すごく面白かったので、きっとすぐにほかのメディアからもオファーが来てしまうだろうなと思い、「CINRAで美術をテーマにした連載漫画を描きませんか?」と連絡したのが最初ですね。

パピヨン:ぼくの本業は美術作家なのですが、じつはCINRAさんには美大生時代にインタビューをしていただいたことがあって。だから連絡をもらったときから「あのときのCINRAさんだ」と前向きな印象はありました。

たしかにほかのところからもお声がけはいただいたのですが、要件がキツかったり、「美術のビジュえもん」自体を描いてほしいという内容だったりして。でも、「ビジュえもん」はあくまでパロディーなので、仕事として書くということはしないと決めていました。

(左)パピヨン本田さん、(右)CINRA, Inc.編集者の服部桃子

パピヨン:そもそも「美術のビジュえもん」は、コロナ禍で予定されていた芸術祭などの仕事がほとんど白紙になってしまい、家にいる時間が増えたのでお金のかからない趣味をつくろうと思って描いたものです。子どもの頃は漫画連載を持つのが夢だったのですが、CINRAでそれが叶うとは思いもしませんでした。

――では、もともと美術をテーマに漫画を描いていたパピヨンさんに服部さんが声をかけて、「現代美術って難しい」というイメージを払拭する漫画をつくろうとスタートしたんですね。

服部:そうですね。私自身、漫画が大好きでいつか漫画企画をやりたいと思っていました。CINRAは会社として「カルチャーの力で社会課題を解決する」と、掲げています。だから、漫画の力で現代美術を楽しむきっかけをつくれたらなと思って企画化しました。

――オファーが成功して、まずはどんな準備をしていたのですか?

服部:編集者としては、アート作品を漫画として取り上げるうえで懸念点はないか、テキストが主体のCINRAのサイト構造のなかでどう見せていくかなどを考えながら、社内で動いていました。キャラクターの設定は、パピヨンさんが連載開始前に「こんなのどうですか?」と提案してくれて、ラフの段階でしっかり出来ていましたよね。

パピヨン:「美術をテーマにした親子ものを描きたい」と思っていたんです。現代美術って社会に対してのアンチテーゼだったり、示唆的でわかりにくかったりと、「ちょっとなぁ……」と感じている人も少なくないですよね。でも、いざアート作品に対峙したときにかわいいトラの親子のイメージが頭に浮かんでくれば、印象が和らぐんじゃないかなと。

「美術のトラちゃん」記念すべき連載の第1話目

パピヨンさんによる1話目のラフ(CINRA撮影)

パピヨン:「臆病な自尊心と尊大な羞恥心をこじらせ虎になってしまった」「オレもオレも」「父さん…」という最初の一コマは、ご存知の方も多いと思いますが中島敦の『山月記』から引用したセリフです。つまり、この漫画は出オチってこと。どうせ長くても10話くらいで終わるだろうと思って描いたんですが、こんなに続くとは。

――いまでは立派な長寿連載ですものね。実際、連載を始めたころから手応えは感じましたか?

パピヨン:ありがたいことに反応はけっこうありましたね。メールで直接感想を送ってくれる方や、ファンアートを描いてくれている方もいて。

服部:そうですね。初回はパピヨンさんの影響力もあって数万ビューまで伸びて、いまでも約6,000人の読者さんに定期的に読んでいただいています。

「美術のトラちゃん」はやっぱりTwitterユーザーとの相性が良いのですが、CINRAのTwitterアカウントの場合、記事公開のお知らせはURLに付随するサムネイル画像を載せるのが通常。そこで「美術のトラちゃん」では、あえて漫画の一枚目を投稿に添付しています。そうすることで続きに関心を持ってメディア側に来てもらえたらなと。  

43話と44話のTwitter投稿(メディアCINRAアカウントより)

パピヨン:それもあって、一枚目に目を引く大きいコマを持ってくることは大事にしていますね。さらに「美術のトラちゃん」は2ページ連載なので、内容も毎回かなり試行錯誤しながらぎゅっと詰め込んでいます。その分、急展開も多かったり。

服部:末尾にある「きゅうり画廊」もぜひ楽しんでもらいたいです。漫画本によくある「作者のおまけページ」みたいなコーナーが個人的に好きで、この連載でもつくりたくて。サイトまで見に来てくれた読者さんに特典を用意するような気持ちでした。だから、初回では「なにか簡単なおまけを書いてほしいです」とパピヨンさんにお願いしていたんですけど……。

パピヨン:熱が入りすぎて文章がどんどん長くなっちゃってるんですよね。自分でも「大変だなぁ」と思いながら書いています。

漫画を読み終わると、最後におまけページ「きゅうり画廊!」が登場。ヴォイナを取り上げた回では5ページにわたり解説。タイトルにも「長い!」と記載が

「有名どころ」も「マジな人」も、バランスとタイミングを意識しながら取り上げる

――隔週公開の「美術のトラちゃん」ですが、担当編集者として服部さんから毎回パピヨンさんへ要望を出したりしているのでしょうか?

服部:それがほとんどしていないんです。「そろそろ猫のトメ吉くんが見たいです」とか、キャラクターについてたまにお願いするくらいですね。SNSパワーのある漫画で一番気をつけたいのは炎上ですが、パピヨンさんは事実以上に登場人物の芸術家をイジったりしないので、信頼してお任せできています。面白さとタブーにおけるバランス感覚がとても良いというか。

パピヨン:描くときに自分なりのルールはやんわり設けているつもりです。たとえば作家のキャラクターを登場させても、そのキャラクター自身に「私の作品はこういうコンセプトなのだ」みたいなことは言わせないとか。

服部:周りがそう解釈しているだけであって、作家自身は言及していない場合も多いですもんね。そういった美術に対する基本となる知識と作家へのリスペクトがありつつもギャグっぽい面白さを兼ね備えているところが「美術のトラちゃん」ならではだと感じます。

パピヨン:そうですね。だから初期は現代美術のなかでも有名どころを取り上げていたけど、最近は「そろそろいいんじゃないかな」と思いながら、割と過激な作家を取り上げたり。

パピヨン本田(プロフィール):1995年生まれの作家。2021年5月よりTwitterに「美術のビジュえもん」の漫画をアップし始める。さまざまな題材で漫画制作をするほか、近年では企業タイアップを手がけるなど多岐にわたり活躍中。また、美術作家として別名義で創作活動をしている。Twitter

服部:そういった回のネームを受け取ったときは、いま起きている社会背景との兼ね合いも検討するのですが、結果として「連載が続いてきたこのタイミングに取り上げるのなら大丈夫そうだな」と判断しました。選ぶテーマとそのタイミングを考慮してくれていますよね。

パピヨン:そうですね。なんか、世の中的には「社会に迷惑をかけるようなものは美術じゃない」っていう意見もあるし、もちろんそれも一つの考え方だと思うんですけど。カッコつけて中指を立てているだけの作家じゃなく「マジでやってる人たち」のことも載せておきたいなと。そういう回こそ、おまけページ「きゅうり画廊」での説明を丁寧に書いて、誤解が生まれないように気をつけています。

貴重な原画。すべて手描きで色彩も豊かで美しい(CINRA, Inc.撮影)

タイアップも「作品」としての質を重視。クライアントと漫画家のあいだにいる編集者の判断

――「美術のトラちゃん」の人気が定着するにつれてタイアップ企画もいくつか生まれましたが、これらはどんな流れで出来上がったのでしょうか?

服部:文化芸術などに関わるクライアントさんのご要望に対してCINRAの営業担当が「『美術のトラちゃん』で紹介するのはどうか」と提案してくれて、採用されたらまずは担当編集の私に話が来ます。ただ、描くのはパピヨンさんなので一度持ち帰って、素直に「いけそうですか?」と相談する流れですね。

パピヨン:そういうタイアップ企画も、たまにTwitter漫画で見かけるような「案件でーす! イエーイ!」みたいな描き方はしないようにしています。

服部:うんうん。私もそれはしたくなくて。パピヨンさんは毎回「美術のトラちゃん」の物語として面白く仕上げてくれるので、タイアップ企画もしやすいんです。

ポーラ美術館とコラボしたタイアップ記事。制作実績はこちら

ポーラ美術館の案件ではInstagram広告動画も制作。制作実績はこちら

――服部さんはCINRAのほかの記事でも漫画を起用したタイアップを手掛けていますが、その際に気をつけていることはありますか?

服部:「美術のトラちゃん」のタイアップのように、初めから漫画コンテンツにするとは決まっていないこともあります。例えば久光製薬さんと一緒につくらせていただいた「更年期障害」をテーマにした記事では、「更年期障害って抱えている人しかわからない」という課題を先方が持っていました。そういう心や体の機微な変化を表現するなら、文章よりも読者が視覚的にイメージしやすい漫画にしたほうが伝わるんじゃないかなと。

久光製薬株式会社とのタイアップ記事。更年期障害をテーマにした漫画コンテンツは大きな反響を生んだ。「調子が悪い=怠けてる、は違う。『自転車屋さんの高橋くん』作者の「孤独を和らげる」漫画(メディアCINRAより)

服部:制作するときは、漫画家さんに対してこちらが「どういう意図でお願いしたいのか」をきちんとお話しします。「誰でも良いわけではなく、『あなた』だからこういうことが描けると思います」と伝える感じですね。漫画家さんが描きやすい状態をつくることを大事にしながら、お互いに「良いものにしたい」という気持ちを共有できるようにしています。

服部桃子(プロフィール):CINRA, Inc.編集者。1991年生まれ。前職では旅行系のガイドブックから実用書の編集、サブカル系コンテンツなど、さまざまな編集・ライティングを経験。CINRAでは、企業のオウンドメディアの編集を中心に自社メディアの記事づくりも手がける。猫が好きだが猫アレルギー

―― 一方で「美術のトラちゃん」のように、すでにある作品とタイアップする場合に気をつけていることはありますか?

服部:作品の内容をご理解いただいたうえでタイアップにすることがほとんどなので、作品の設定が大きく変わってしまうようなことはいまのところないのですが、そのあたりはクライアントさんと漫画家さんとのあいだに立って調整しますね。

クライアントさんからの修正依頼はなるべくラフの段階で完結させつつも、ざっくりとした要望については、漫画家さんのさじ加減を尊重しながら可否を決めます。漫画家さんとのコミュニケーションから「そのまま修正なしのほうが良さそう」と判断したら、先方に説明して取り持つことも大事だと思っています。

――とはいえ、作家さんとクライアントのあいだに立つという役割は難しいところもありそうです。

服部:そうですね。クライアントさんからの強い要望があるときは、編集者としてどのように作品を完成まで導いたらよいかと頭を悩ませたりします。このやりとりに関しては、編集者としての力量が問われる部分で、私もまだまだ試行錯誤中です。

パピヨン:それこそCINRA20周年記念の漫画とかね。

――まさかの社内案件(!)。

服部:CINRAの編集長が「脳ミソ」になっているやつですね(笑)。あのときも「もう少し美術ネタを増やしたほうがいいのでは?」という議論が社内であったのですが、パピヨンさん自身が面白いと思って描いてくれた力作だったので、直したくなさそうでしたもんね。

パピヨン:うん。だって面白かったでしょ?

服部:はい(笑)。結局そのまま進めてもらって、上がってきたフルカラーのネームを見たときに社内でも「やっぱり面白いね」となったんです。

メディアCINRAの20周年を記念してつくられた回(1ページ目)。 20年後の世界で美術をまもる!「美術のトラちゃん」CINRA20周年特別記念編(メディアCINRAより)

――最後に、「美術のトラちゃん」の今後について考えていることがあれば教えてください!

服部:編集者としては、これからもずっと「美術のトラちゃん」が続いてほしいなとつねに思っています。

パピヨン:CINRAで唯一の漫画連載(※2023年7月時点)ですしね。唯一だからつねにブッチギリで「漫画部門一位の作者」としては、今後はキャラクター同士の関係性も描いていけたらいいなと思っています。

服部:いいですね。もっとキャラクターたちの過去も見てみたいです。はたしてトラちゃんは人間に戻れるんでしょうか!

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